笑顔の未来へ ~人生100年時代のセカンドキャリア~笑顔の未来へ ~人生100年時代のセカンドキャリア~

2018.10.24

百貨店勤務から酒造の蔵元へ。
イチから勉強し新酒を作り上げた女性のチャレンジ

人生100年時代といわれる中、これからはセカンドキャリアにチャレンジする人も増えるのではないでしょうか。このシリーズでは、クラウドファンディングを利用して、「脱サラ(転職)」や「定年後の再チャレンジ」といったキャリアシフトに挑戦している方にお話を伺います。今回取り上げるのは、百貨店勤務から転身し、日本酒づくりの道に飛び込んだ稲葉伸子さん。150年以上続く家業の「稲葉酒造」を引き継ぎ、全国でも珍しい女性の蔵元・杜氏となった彼女の決断に迫ります。

※クラウドファンディングとは、企業や団体がインターネット上のポータルサイトを通じ、不特定多数の投資家から資金調達を行う仕組み。

イチから勉強して造りあげた日本酒「すてら」が金賞を受賞

茨城県は筑波山のふもとにある稲葉酒造は、1867年にこの地で創業した老舗中の老舗。筑波山の御神酒を提供し続けるなど、地域に愛されてきた伝統の酒蔵で、代表銘柄の「男女川(みなのがわ)」は、つくばの地酒として定着しています。

実はこの稲葉酒造、全国でも珍しい女性の杜氏が蔵元を務めています。6代目蔵元の稲葉伸子さんは、1985年に短大を卒業してから地元の百貨店に勤務していましたが、入社から15年ほど経った35歳の頃に、実家の稲葉酒造を継ぐことを決断しました。それから彼女は酒造りをイチから勉強し直し、「男女川」などの代々続くブランドを守りながら、"新酒づくり"にもチャレンジします。それが、稲葉さんが継いで間もなく誕生させた「すてら」でした。
その「すてら」は品切れになるほどの人気で、2018年5月、「全国新酒鑑評会」にて、初出品ながら金賞を受賞しました。

「『すてら』は純米大吟醸で、すべての工程に手間暇をかけたお酒です。たとえばお酒を搾る際は、すべて袋吊りという形でお酒の品質が高いところを、自然の重みだけで一滴ずつ落とします。新たな手法を取り入れて生まれました。」

「大好きだった酒蔵を無くしてよいのか」この思いが原点

百貨店では経理や商品管理、トレーナーとしての社員教育や店舗づくりを担当していたという稲葉さん。多くの女性が結婚や出産を機に退職する時代、彼女は「仕事が大きなやりがいだった」と勤め続けました。もちろん、酒蔵を継ぐ気は無かったと言います。

転機が訪れたのは30歳を越えた頃。2人の子どもを両親にみてもらうため、酒蔵の近くに家を建てて暮らし始めました。そこで「大好きだった酒蔵を無くしてよいのか」と悩み始めます。

「百貨店の仕事はやりがいがありましたし、やはり女性が蔵元になれるのかと……。長く男性の仕事として形作られてしまったのも事実ですし、実際体力的に厳しい作業もたくさんあります。父も最後まで私が継ぐことを反対していました。」

しかし、彼女は継ぐことを決意します。決め手になった1つは、「夫が後押ししてくれた」こと。
もっとも悩んだ「女性ができるのか」という点については、「『私はできる』と思い込んで」と稲葉さん。

「継いだばかりの頃は男性と同じことを全部やろうとして。そうしたら、泣きたくなるほど身体中が痛くなりました(笑)。そこで考えを変えましたね。男性に任せる作業と、女性の繊細さなどを生かせる作業をうまく使い分けるなど、仕事の形を工夫していきました。そして、主人にも手伝ってもらうという決断をしました。今思うと、百貨店という"違う分野"を一度経験していなければ、狭い視野に陥ってしまっていたのではないかと感じます。」

異業種を経て培った経験は必ず次のステージで武器になる

百貨店時代に社員教育のトレーナーを務めた経験も酒造で生きていると言います。

「稲葉酒造では、蔵人が酒造りの全工程を経験していくことにしています。ひとつの持ち場を任せ続ければ、その技術は上がりますが、酒造りを一貫して学べなくなるからです。そういう視点は、百貨店時代の経験があるからこそだと思います。」

また、百貨店時代のモチベーションコントロールも生かしています。
例えば、稲葉酒造では、蔵人は酒造りだけでなく店頭販売も体験します。それは、自分たちの造ったお酒を飲み、喜んでくれる人の声を直に聞いてもらうためです。「仕事で大切なのはやりがい。それを生むのはお客さまの喜んでくれる声なので、蔵人にそれを聞いてもらいたかった。」と稲葉さん。「すてら」を鑑評会に出したのも、「蔵人のやりがいや喜びにつながる指標があればいいと思った」と話します。

そういった視点は、もし最初からこの世界にいたら「考えなかったかもしれない」と稲葉さんは話します。

「むしろ異業種を経て、家業を継ぐ方がチャンスではないか。その世界以外のいろんな人と関わり、培った経験は必ず次のステージで武器になると思います。」

蔵を継いで18年と少し。今も酒造量は増えており、クラウドファンディングを利用して設備の拡張や蔵人に負担のない環境づくりを進めています。ゆくゆくは実家の古民家を宿泊施設にする等、酒造りからの派生も思い描いているようです。

「百貨店の頃に比べたら、確かに夫婦の収入は減ったかもしれません。でも食べられるならそれで十分ですし、何より大切なのはやりがい。お金はそこについてくると思っています。」

蔵元になって「後悔したことは一度もない」と稲葉さん。今も「どうすればもっと良いお酒ができるか」を考える日々だと笑顔を見せます。彼女が決断した「家業を継ぐ」という道。そのセカンドキャリアは、今後も輝きを放ち続けていくでしょう。

取材協力:セキュリテ(ミュージックセキュリティーズ株式会社)

稲葉さんからの
メッセージ

もし新しい何かに挑戦したいと思ったら、とどまらずに前へ前へチャレンジしてほしいと思いますね。私もいつもチャレンジ、チャレンジでやってきたので。もちろん不安や大変なことはありますが、必ず前職やそれまでの経験が生きるはず。後悔せず、自分のやりがいを追い求めていただけたらと思います。