LIFE & MONEY ~達人に聞く、人生の哲学~LIFE & MONEY
~達人に聞く、人生の哲学~

2019.5.8

美術の達人 横尾忠則【前編】夢中になるものが見つかれば人生は充実する

1960年代からグラフィックデザイナーとして日本のポップシーンを駆け抜け、現在も美術家として第一線で活躍する横尾忠則さん。人生100年時代と言われる中、いきいきと充実した人生を歩む達人の仕事に対する哲学、お金に対する価値観とは? 今もなお輝き続けるその活力の源を前編・後編を通して探っていきます。

横尾さんは神戸新聞社にてグラフィックデザイナーとして活動後、独立。1980年7月にニューヨーク近代美術館にて開催されたピカソ展に衝撃を受け、「画家宣言」を発表。以降、美術家としてさまざまな作品を制作されています。前編では、横尾さんが絵を描き続けているモチベーションについて、過去のエピソードを交えながら紐解いていきます。

欲がないから、お金がないときも大変じゃない

―横尾さんは、「働いてお金を稼ぐ」という行為とどのように向き合ってきましたか?

向き合うもなにも、そもそも初めて働いた就職先も、周りに流されて決まったようなものでした。本当は、高校の先生が「東京の美大に行ったら?」と薦めるので、地元から東京に帰った先生のアパートで居候をしながら美大を目指していましたが、受験前日になってその先生から、「試験を受けずに故郷に帰りなさい」と言われて、その通りに帰ったんです。そしたら、担任の先生が、近くの印刷所へ電話して、僕に就職先を紹介してくれようとしてね。この子は絵が上手いからなんでもやりまっせ、と(笑)。僕は就職したいなんて全然頼んでいないんだけど。

その後、神戸新聞社で働くようになったときは、月給は7,000円くらいでしょうか。ポケットにはいつもお金がほとんど入ってなかった気がします。それでも大金持ちになりたいとか、お金がなくて大変だな、とは全然思わなかったですね。絵以外にこれがしたい、あれがしたいっていう欲がないから、お金がなくても、特に気にはなりませんでした。

その後、デザイン会社を経て独立した後は、仕事の依頼がどんどんきて、大きな仕事も小さな仕事も全部、引き受けてましたね。それでもやっぱりお金には無頓着。自分がどれくらい稼いでいるのかにはあまり興味がありませんでした。今でもそうです。家にお金がいくらあるのか全然、わかりません。でも、若い頃から、仕事をすれば必ずお金は入ってくるものっていう自信があったのは確か。その自信が僕にお金を使わせたんです(笑)。

―選り好みせずどんな仕事にも取り組んだ結果、自然と稼ぐことにつながっていったのですね。

自分の未知なる可能性をおもしろがる。何でも遊びに変える

―独立された頃、仕事に対しては、どのようなモチベーションで挑んでいましたか?

これがしたい・あれがほしいという欲はなかったんですが、やっぱりデザインをしたり、絵を描いている時はとにかく楽しかったですね。この先、どうしていこうっていう理想も特にありませんでしたけど、ただただ楽しいって気持ちはありました。

それと、自分の未知の才能に対する興味がありましたね。当時の僕は、来た仕事は100%と言っていいくらい引き受けていましたから、異なる種類の仕事を次々とこなしていたわけです。グラフィックデザインの仕事から入ったのに、建築のデザインをまかされたり、舞台美術をやってみたり、映画のタイトルバックを頼まれたり、どんどん仕事が拡張されていきました。クライアントは僕にその可能性を見出したから頼んでくれている。だから、きっと自分の中にそういうことができる可能性があるんだろうと、呑気にかまえてましたね。

自分でやりたいって言ったわけでもないのに、未知の仕事を頼まれ、そういう自分をおもしろがっていました。モチベーションというか分からないけど、今度は自分がどういう表現をするのかなという興味、どういう結果が出るんだろうという興味は非常にありましたね。

―1970年、突如、休業宣言をされましたが、その経緯を教えてください。

交通事故に遭ったのがきっかけです。1~2年間の休業をしました。ものすごい量の仕事を受けていた時期です。だからこのタイミングで休業すると、クライアントとかメディアの反応はおもしろいんじゃないかと考えていました。周囲があたふたするのを傍観するのもおもしろいし、自分自身を観察するのもおもしろいな、という。

僕は、とにかく何でも遊びに変えちゃうんですよ。そういう癖なんですね。すべては癖。例えば、なんでこういう絵を描くんですかと言われても、癖で描いている、というのがもしかしたら答えなのかなと思うくらいです。

―自分がやったことのない未知の仕事から休業宣言した後の周囲の反応まで、日常生活における一つひとつをおもしろがることが、人生を充実させることにつながるのかもしれませんね。

絵を描くのは努力じゃなくて、好きだから夢中でやっているだけ

−1980年、これまでのデザイナーから「画家宣言」をした後は、芸術家として今日まで活動を続けてこられました。今あらためて、画家になってよかったと感じますか?

幼い時から絵を描く欲しかなかったんですが、年齢的にもどんどん欲がなくなっていきました。そうなると競争心というものが出てきませんよね。デザイン会社にいた頃は周囲がしのぎを削り、競争ばかりしていたんですが、僕はそういうことに興味を持てませんでした。デザインはお金と直結している部分もあるので競争しなければいけない時もあります。だけど、競争ばかりして自滅してしまった人なんていうのもたくさんいますから。画家宣言以降、今は以前に増して競争しようという気持ちがありません。画家になって救われたなあと思いますね。

−日々、ストレスを感じることはありますか?

僕は努力するのが大嫌いなんです。絵を描くのは努力じゃなくて、好きだから夢中でやっているだけ。好きだったら徹夜しても平気なんですよね。努力すると今度は欲望が生まれてくるでしょ。「これだけやったにも関わらず」っていう気持ちになっちゃう。僕は努力しているつもりがないからストレスが少ない。それはある意味、健康にもつながっているかもしれませんね。

昔も今も、欲はない、お金にも無頓着とおっしゃる横尾さん。ただ、自分が好きなことに夢中になって、自分の未知の可能性をおもしろがって次々と挑戦してきたと言います。努力しないからストレスもない。そして、プレッシャーやアクシデントがあったときは、少し自分を客観的に捉えることで、自分で自分をおもしろがる。横尾さんは「癖」と表現していましたが、そんな積み重ねが人生をおもしろくしていくのかもしれません。

(後編へつづく)

Twitter上で、「#横尾さんに質問」がつけられた投稿をピックアップ。
読者から寄せられた質問を横尾さんにぶつけてみました!

普段、財布を持たないと伺いました。
財布を持たないのは美学ですか?
そう、美学みたいな立派なものではありませんが、僕は財布を持たないんです。財布って重いしね。いかにもお金、って感じがするじゃないですか。だからお金は、裸でポケットに名刺やポイントカードや領収書などと一緒にガサっと。お店に入って、いくらです、と言われた時、足りるかなぁとか思いながらヒヤヒヤするわけでしょう。それが楽しい。一番怖いのはタクシーでメーター見ながら、「ちょっと待って、もし足りなければここで降りるから」とか「やっぱりお金あった」とか。そういうことまでひっくるめておもしろがらないと人生はつまらなくなると思うんですよ。ただ、おもしろがれない人は、僕の真似はしない方がいいですよ(笑)。
横尾 忠則(よこお ただのり)
1936年兵庫県出身。美術家。1972年にニューヨーク近代美術館で個展。その後もパリ、ヴェネツィア、サンパウロ、などのビエンナーレに出品し、アムステルダムのステデリック美術館、カルティエ財団現代美術館(パリ)、ロシア国立東洋美術館(モスクワ)での個展など世界各国の美術館で個展を開催。2012年、神戸に横尾忠則現代美術館開館。2013年、香川県豊島に豊島横尾館開館。作品は国内外多数の主要美術館に収蔵されている。2011年朝日賞、2015年高松宮殿下記念世界文化賞受賞。2008年小説「ぶるうらんど」で泉鏡花文学賞、2016年「言葉を離れる」で講談社エッセイ賞受賞。2019年5月31日から谷中のスカイ・ザ・バスハウスにて個展(7月6日まで)、5月25日から横尾忠則現代美術館にて「人食いザメと金髪美女—笑う横尾忠則展」を開催予定(8月25日まで)。
http://www.tadanoriyokoo.com

撮影:濱田英明