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マネーミステリー 天ノ川夫妻の事件簿

2019.11.13

悪だくみにはまった子ども達!?~仮想通貨の光と影~(前編)  

仮想通貨と小学生の子供達を想像して怪訝な顔をする30代夫婦

イラストレーション:西山寛紀



京は妻の明日美からドラゴンコインについて調べてほしいと頼まれる。
仮想通貨のようなもので、クライアントの子どもが通う小学校で一時期流行した。学校は校内に持ってくることを禁止したものの、一部の子ども達が隠れて集めていと言うのだ。何が子どもたちをそこまで夢中にさせているのか? そして、その裏にあるものとは……


天ノ川京あまのがわ きょうは、いつも以上に軽やかな足取りでマンションのアプローチを歩き、1階の部屋の前に立った。夜遅い時刻でなければ口笛でも吹きたい気分だった。

今日のアイデア会議で、京が提案した特集企画「仮想通貨の光と影」が編集長から誉められ、採用が決まった。おまけに明日の土曜日も明後日の日曜日も仕事が無くて、完全に休めるのだった。

玄関前に立った時、 ドアが内側から開き、妻の明日美あすみが大きな瞳を見開いて京を出迎えた。片腕で愛猫のソフィーを抱き、嬉しそうに口角を上げている。明日美は話したいことがあって、京の帰りを今か今かと待っていたのに違いない。

「京ちゃん、見てほしいものがあるの」
明日美は返事を待たずに京の腕をつかんでリビングルームに連れて行き、スマホの画面を見せた。

画面にはドラゴンのイラストをあしらったコインの画像が映っている。画像には少し不鮮明なところがあるが、緑色のドラゴンはリアルに描かれていて、なかなかの迫力だ。
「何これ?」
京が興味を示すと、明日美は嬉しそうに言った。
「ドラゴンコイン、うちの近くに希望第一小学校があるでしょう? そこの6年生のクラスの生徒たちの間で一時期、流行ったんだって。学校はすぐに校内への持ち込みを禁止したけれど、一部の子ども達が相変わらず親や先生に隠れて、このコインをダウンロードしていたのよ」

「ダウンロードと言うことは、金属やプラスチックなどで出来たリアルなコインではないんだね?」

「ええ、あくまでインターネット上で流通しているコインの画像よ。ただし誰でも手に入れられるわけではないの。ドラゴンコインの発行者から、ホームページのURLとパスワードが書かれた紙のカードをもらった子どもだけが、ダウンロードできるのよ」

「何だかずいぶん手が込んでいるね」

「でしょう? ダウンロードできるホームページは、どこからもページ移動できないようになっていて、URLを知らないとアクセスが難しいんだって。
しかもダウンロードするためにはドラゴンコイン一枚につき、一つのパスワードが必要なの」

「さらに、画像をコピーできないようにガードがかかっていて、勝手に増やしたりできないのよ。
この画像も他人ひとのスマホ画面に表示されたドラゴンコインを、あたしのスマホのカメラで撮ったものよ。それだけじゃないわ。ここを見て」

明日美は緑色に描かれたドラゴンのイラストを指さした。胴体に『7』と数字が記されている。

「ドラゴンコインには一枚一枚、異なるナンバーが振られていて、ドラゴンコインの発行者は今、誰が何番のドラゴンコインを持っているのかすべて把握しているんだって」

「ドラゴンコインの発行者は何のためにそんなことをしているのかな? そもそも誰が発行しているんだろう?」
京は首をかしげた。

「謎はそれだけではないのよ。さっき希望第一小学校の6年生のクラスの生徒たちの間で一時期流行したと言ったでしょう? 中にはドラゴンコインが欲しいあまり、親から買ってもらったばかりのゲームと取り換えてしまった子も出てきたそうなの」

「親がそれに気づいて担任に報告して、事態を重く見た学校はすぐに校内への持ち込みを禁止したわ。でも一部の子ども達は相変わらず親や先生に隠れてドラゴンコインを集めていたの」

「普通、学校から禁止されたら止めるものでしょう? なぜ子ども達はそこまでドラゴンコインに夢中になってしまったのか?
学校側はドラゴンコインのデザインが格好良くて、子ども達のコレクション欲をかき立てたのではと見ているそうだけれど、あたしにはそれだけだとは思えないの」

「確かにそうだ」

「そこでなんだけれど」

明日美が大きな瞳をさらに大きく見開いた。

「だれが何のためにドラゴンコインを子ども達に流行はやらせたのか、子ども達はなぜ夢中になってしまったのか、京ちゃんに調べてほしいの。実はさっき話した、親や先生に隠れてドラゴンコインを集めていた一部の子ども達って、あたしのクライアントのお子さんとその友達だったのよ」

「希望第一小学校6年の見沼敏みぬま さとしくん、クライアントはお母さまの見沼玲子みぬま れいこさん、同じ町内の方よ。
玲子さん、敏くんがスマホ画面のドラゴンコインに見入っているのを目撃したそうなの。玲子さん、なぜそこまで夢中になっているのか、敏くんを問いただしたそうだけれど……」

「敏くんは話してくれなかった」

明日美はうなずいた。

「敏くんが言うには『話したら裏切者になっちゃう』そうなの。京、頼まれてくれる? あたし、クライアントの心配の種を取り除いてあげたいのよ」

「もちろんさ。僕の人生に必要なのは君とお金と謎だと、いつも言っているじゃないか」

翌日の午前12時前、京と明日美は駅前商店街から一本わき道に入った、角にある雑居ビルの前に立った。ビルには「学習塾」の看板が掛けられている。

明日美が玲子に聞いたところによれば、敏たちの仲良しグループは週2回、水曜日と土曜日に学習塾に一緒に通っているのだと言う。

学校や家庭から離れた場所で会えば、敏たちも多少は警戒心を解いてくれるのではないか──そう考えて京と明日美は学習塾を訪ねたのだった。

午前12時の時報が鳴り、にぎやかな話し声とともに子ども達が雑居ビルから出てきた。京はスマホを出して敏の顔写真を確認し、今しがたビルから姿を現わした男子3人組に近づいていった。

大柄な少年は牧内淳平まきうち じゅんぺい、小柄で賢そうな顔立ちの少年は大木翔おおき しょうだ。

「敏くん、以前お家で会ったのを憶えているかしら? あたしはお母さまのフィナンシャルプランナーを務めている天ノ川明日美、こちらはあたしの夫よ」

「実は、敏くんたちに教えてもらいたいことがあるんだ。例のドラゴンコインについてなんだけれど」

敏たち3人が互いに顔を見合わせた。敏、淳平、翔の3人とも表情には警戒の色が浮かんでいる。

「敏くんのお母さま、敏くんたちが学校で禁止されたのにもかかわらず隠れてドラゴンコインを集めていたことをとても心配しているわ」

「心配なのは僕も一緒なんだよ」

京が続けた。

「ドラゴンコインの発行者はきっと大人だよね? 大人でなければそんな手の込んだ仕組みはなかなかつくれないからね。もしその大人が、君たちから小遣いを巻き上げてしまうつもりで悪だくみをしたのだとしたら……そう考えると僕は君たちのことどうしても放っておけないんだ」

敏、淳平、翔の3人は再び互いに顔を見合わせた。

「小口さんがそんな悪い人には思えないけれど……」

淳平が口を滑らせ、敏と翔が「まずい!」という顔をした。

「小口さん? もしかしたらその人がドラゴンコインの発行者かな?」

敏、淳平、翔の3人は観念したようにコクリとうなずいた。

「君たちはその小口さんとどのようにして知り合ったの? そもそも小口さんとはどんな人なのかな?」

京の質問に敏が口を開いた。

「小口さんは僕たちの学校の近くで『リトルドラゴン』というゲームショップを始めた人です。そこでゲームを2,000円以上買ったり、『リトルドラゴン』で開かれるゲーム大会で入賞したりすると、ホームページのURLとパスワードが書かれたカードを小口さんからもらえて、『ドラゴンコイン』をダウンロードできるんです」

「ドラゴンコインをもらえるとどんなメリットがあるのかしら?」

明日美が聞いた。

「『リトルドラゴン』で本当のお金みたいに使えるんだ」

大柄な淳平が言った。

「なるほど、クーポン券みたいなものなのね?」

「そうかもしれないけれど……でも、ちょっと違うんです」

敏が微妙な顔をした。

「どういうことかな?」

「ドラゴンコインは価値が変わるんだ」

淳平が言う。

「価値が変わるってどういうことかしら?」

「つまり、こういうことなんです」

翔が後を引き取って説明を始めた。

「皆がドラゴンコインを欲しがるようになると、ドラゴンコインの価値が上がって、『リトルドラゴン』でゲームを買う時、僕たちはドラゴンコインをもらった時よりも得するようになるんです」

「そうか! ゲームを購入する時のドラゴンコインのお金への換算額が上がるんだね。結果的に割引率が高くなるんだ」

「でも、『皆がドラゴンコインを欲しがるようになると』と言うけれど、ドラゴンコインの人気はどうやって測るのかしら」

「ドラゴンコインは僕たちが持っているゲームと交換できるんです。『リトルドラゴン』のホームページに交換のための掲示板があって。そこに、『僕が持っている推理ゲームと交換したい』とかを書き込んで、誰かが応じてくれるのを待つんです。
僕たちは皆、そのやりとりを読めるので、交換したいゲームの値段からドラゴンコインの価値が分かるんです」

翔の説明を聞いた京と明日美は感心したように顔を見合わせた。

「これでドラゴンコインに一枚一枚、異なるナンバーが振られていて、発行者が今、誰が何番のドラゴンコインを持っているのかすべて把握している理由もわかったよ。万が一、ガードを破られてコピーされてしまっても、本来の持ち主以外の人が使おうとしたら偽物だと見抜けるんだ」

「とてもよく出来た仕組みだわ。この仕組みが人気をあおったのね。京ちゃん、これって何かに似ていると思わない?」

「仮想通貨……」

「その通りよ」

「カソウツウカって?」

敏、淳平、翔の3人が同時に聞いた。

「インターネットの中だけで流通している仮想の通貨、より正確に言うと通貨として流通しているコンピューターのプログラムのことよ。
インターネットにつながっていれば国や地域を選ばず世界中のどこでも使える利点があるの。
ただ仮想通貨を決済の手段として利用する人は少数派で、将来の値上がりを期待した投資目的で手に入れる人がほとんどだわ。代表的な仮想通貨であるビットコインはその典型よね」

「ビットコインは、発行量の上限を2,100万枚と定めているんだよ。発行量に限りがあれば価値は上がりやすくなる。そう考えた投資家がビットコインに殺到して一時期、価格が高騰したことがあったんだ」

「『リトルドラゴン』はなぜ子ども達を相手に仮想通貨のようなドラゴンコインを発行したのかしら。
京が言うように、子ども達を夢中にさせて儲けようという悪だくみだったとしたら、絶対に許せないわ」

京はうなずき「今、何かが下りかけてきています」と言った。


(後編につづく)

※ 2019年11月現在の情報です。今後、変更されることもありますのでご留意ください。


登場人物

天ノ川京(あまのがわ・きょう/主人公)

33歳、マネー誌の編集者。推理小説を愛し推理作家を目指している。趣味は謎解き。優しい性格で妻の明日美に振り回される。

天ノ川明日美(あまのがわ・あすみ)

34歳、京の妻、フリーのファイナンシャルプランナー。好奇心旺盛で周辺で起きるマネーの謎にことごとく首を突っ込む。

見沼玲子(みぬま・れいこ)

30歳、同じ町内に住む明日美のクライアント。息子の敏が、クラスメートの間で流行り始めたネット上のコイン、ドラゴンコインに夢中になっているのを心配して明日美に相談を持ちかける。


見沼敏(みぬま・さとし)

12歳、希望第一小学校6年生

牧内淳平(まきうち・じゅんぺい)

12歳、敏のクラスメート


大木翔(おおき・しょう)

12歳、敏のクラスメート


小口龍太(こぐち・りゅうた)

32歳、ゲームショップ「リトルドラゴン」の店長、子ども達に良かれと思い、ドラゴンコインを発行したのだが……


一ツ木大介(ひとつぎ・だいすけ)

23歳、子ども達にお金のリテラシーを教えるNPO(非営利団体)「ミライマネー」を大学の仲間とともに立ち上げる。


執筆:渋谷 和宏 (しぶやかずひろ)
作家・経済ジャーナリスト。大学卒業後、日経BP社入社。「日経ビジネスアソシエ」を創刊、編集長に。ビジネス局長等務めた後、2014年独立。大正大学表現学部客員教授。1997年に長編ミステリー「錆色(さびいろ)の警鐘」(中央公論新社)で作家デビュー。「シューイチ」(日本テレビ)レギュラーコメンテーターとしてもおなじみ。