高度経済成長から学ぶ モーレツ経済学高度経済成長から学ぶ
モーレツ経済学

2018.5.16
高度経済成長から学ぶ モーレツ経済学 でんぱ組.inc 藤咲 彩音 証券アナリスト馬渕 治好高度経済成長から学ぶ モーレツ経済学 でんぱ組.inc 藤咲 彩音 証券アナリスト馬渕 治好

東京2020オリンピックまであと2年。東京ではじめてオリンピックが開催された1964年は、高度経済成長期まっただ中でした。続く好景気、右肩上がりの経済、モーレツに働く人々。
同じオリンピックを控えた今、あの時代から生きるヒントを探ります。コスプレ好きアイドルでんぱ組.incの藤咲彩音さんと、高度経済成長期生まれの証券アナリスト・馬渕治好先生による対談をお届けします。第1話は高度経済成長期の幕開けにタイムスリップ!

#1 高度経済成長はどうやってはじまった?

小さなテレビ画面にかじりつき、モーレツに夢を追いかけたあの時代!

馬渕:藤咲さんはいま、アイドルとしてご活躍されていますが、ネット配信などでも世界中の人に歌や踊りを見てもらっていますよね?

藤咲:自分の動画をネットに上げたことがきっかけでアイドルの世界に入ったこともあり、ネット配信は今の私になくてはならない存在ですね。

馬渕:高度経済成長期が幕を開けた1950年代前半は、白黒テレビもまだ家庭に普及していなかったんです。家庭での娯楽といえば、ラジオが主流でした。『君の名は』(1952年・NHKラジオ)というラジオドラマが大ヒットしたんですよ。

藤咲:『君の名は。』(2016年・東宝 新海誠監督)! 話題になったアニメ映画と同じタイトルですね。

馬渕:ラジオの『君の名は』も、男女のすれ違いを描いたもどかしいストーリーなのですが、当時の女性に大人気でした。「放送時間になると銭湯の女湯がガラガラになる」なんていう噂もあったそうですよ。その後映画化されて、ヒロインの真知子がスカーフを頭にかけて巻いていたのが大流行。『真知子巻き』と呼ばれるようになったんです。

藤咲:『真知子巻き』!聞いたことがあるような…それが、由来なんですね! でも、すれ違いのストーリーって、切ないですよね。当時はスマホもまだなかったのかな。確か肩からかける大きい四角いタイプの携帯電話……(笑)。

馬渕:それはバブル時代だから、もうちょっと後ですね(笑)。当時はダイヤルを回してかける黒電話が主流。電話がない家庭もあって、必要があればお隣さんに借りにいったりしていました。

藤咲:今はスマホもあるし、どれだけ便利なんだっ!?って感じですね。

馬渕:戦後、生活するのに精一杯だった時代から、娯楽を楽しむ余裕が出てきた時代。家庭にテレビがないこともあり、街頭テレビも人気でした。みんなで一緒に盛りあがるのが楽しかったんでしょうね。

藤咲:商店街のテレビにみんなが集まっているシーン、アニメで見たことあります!

馬渕:力道山というプロレスラーの試合では、新橋の街頭テレビに1万人以上が集まって、応援に熱狂したという話も。

藤咲:まさにパブリックビューイングですね!

馬渕:テレビの画面は小さかったんですが、みんなの熱は相当大きかったと思いますよ。高度経済成長期はモーレツに働いた時代だとよく言われていますが、実は、右肩上がりのムードのなか、みんながモーレツに楽しんだ時代でもあるんです。

きっかけは、あの戦争。日本の経済がグルグル回っていった!

藤咲:高度経済成長期がはじまったきっかけはあるんですか?

馬渕:きっかけとして大きかったのは、1950年から1953年に起きた朝鮮戦争。アメリカ軍が使うものを日本に発注して、それに応えることで日本の産業が潤いはじめたんです。特需景気と言われていますね。アメリカ軍からの注文なので、ドルがたくさん手に入りました。ドルは、今もですが、当時は特に、日本が国際社会で貿易をおこなうのに重要な通貨でした。

藤咲:教科書で読んだことがある!

馬渕:もう1つ。間接的な要因ですが、1951年に結ばれたサンフランシスコ平和条約の内容も大きかったと思っています。通常は、戦争で負けた国は賠償金を支払うことが多いのですが、日本は、アジアの国に対しては賠償金を払ったものの、アメリカやイギリスには払いませんでした。

藤咲:なんでですか?

馬渕:いろいろと要因はありますが、当時は、中国やソ連(現ロシア)の共産主義の国々とアメリカやイギリスなどの自由主義の国々との対立がありました。日本には、アメリカなどの自由主義の味方になってほしいという思いがあったから、というのが大きかったのではないかと思います。

藤咲:そういうことがあったんですね。

馬渕:それで結果的に、日本は経済的に損失が少なくすみ、経済成長につながったと思います。
さらに、当時は足りないものばっかり。鉄も足りない、石炭も足りない、海上運送の手段もない、ということで、まずは国の経済を支えるところにお金を使いましょう!と。

藤咲:いろいろなものができていったんですね。

馬渕:例えば、水力発電所をつくるとなると、ダムをつくる建築会社にも注文が入るし、発電機の会社にも注文が入ります。鉄工所をつくるとなると、その設備をつくる会社にも注文が入る。関連の会社を含めたいろいろな会社が潤って、そこで働く人のお給料も上がって、そのお給料でモノを買って。結果たくさんの会社やお店も潤う。いい循環が生まれて景気がよくなっていったんです。

藤咲:こうやってお金が回ることで経済が良くなるんですね!

馬渕:景気がよくなって、企業が儲かれば、工場を増やしたり、海外に進出したり。世界経済も伸びていた時期だったので、よほど失敗しなければ伸びていきました。

藤咲:失敗が怖くなければ、挑戦もしやすい! 日本全体がイケイケなムードだったんですね。

わざと不景気をつくっていた!? その理由とは?

馬渕:高度経済成長期には、長い好景気がいくつも続きました。まずは1954年から1957年の神武景気。神武天皇は『日本書紀』の神話に出てくる最初の天皇。その時代以来の好景気ということから名付けられたんです。

藤咲:神話の天皇以来ということは、日本史上最高の景気ってことですよね!

馬渕:当時からしたらそうですね。でも、次に1958年から1961年まで好景気が続いたのですが、こちらの方が長かったんです。ですから神武天皇より過去にさかのぼって名付けなくてはいけなくなっちゃった。

そこで神武天皇の話より古い、天照大神(あまてらすおおみかみ)が機嫌をそこねて岩戸に隠れたというエピソードから、岩戸景気と名付けられました。

藤咲:いろいろ考えなきゃいけないから大変!

馬渕:そして、さらに1965年から1970年まで、もっと長い好景気がありました。この好景気は、天照大神より前にさかのぼって、イザナギノミコトとイザナミノミコトが、海をかき混ぜたら日本列島ができたという日本神話から、いざなぎ景気という名前になりました。

藤咲:そんなに好景気が続くなんて!もうこれ以上、名前がつけられないですね(笑)。ところで、好景気と好景気の間は、どうなっていたんですか?

馬渕:好景気の間に休みがあるのは、実は、政府がわざと景気を悪くしていたからなんです。

藤咲:えっ、わざと!?

馬渕:日本は資源が豊富な国ではないので、景気が良いときは、鉄鉱石や銅鉱石をはじめ、さまざまな輸入品をたくさん買います。今もそうですが、国際市場では主にドルが通貨として利用されていますが、輸入が増えるとドルをどんどん使うことになり、日本にお金=ドルが足りなくなってしまうんです。この状態は『国際収支の天井』と言われています。

藤咲:国際収支の天井…鉄鉱石や銅鉱石って聞くと、いつもやっているゲームを想像してすごく親近感がわきます(笑)!

馬渕:それで、わざと景気を悪くして、みんなが輸入品を買いすぎないようコントロールしていたんですね。

藤咲:せっかく景気が良くなっているのに、わざとブレーキをかけることもあるんですね。ちょっとビックリしました。

馬渕:今は、景気をよくするために金利を下げているといった話は聞きますよね。当時は、続く好景気をコントロールすることで、長い目で見たときに日本が成長できるように図っていたんです。このように経済は、国や政府の政策によってコントロールされることがあります。日本経済全体を思ってのことですが、場合によっては、個人の資産が増えたり、減ったりすることもあるので、注意が必要です。

藤咲:でも、それだけ景気が良くなってくると、個人の資産が増えて、みんなの暮らしが豊かになっていきそうですね。

馬渕:そうですね。当時の政府の政策もあって、お給料も右肩上がりの時代でした。
(第2回へ続く)

藤咲彩香のモーレツ!アイドル論 藤咲さんが当時流行したファッションに身を包み、学んだ内容からアイドル活動につながるヒントを見つけていきます。 藤咲彩香のモーレツ!アイドル論 藤咲さんが当時流行したファッションに身を包み、学んだ内容からアイドル活動につながるヒントを見つけていきます。

〈 私もアイドルとしてウィンウィンの循環をつくりたい! 〉

やっぱり私はアイドルとして、経済を回していきたいと思う!ツアーに出てライブをするのはもちろん、握手会をしたり、地域限定のグッズをつくったり、海外にも進出して!ファンの皆さんも嬉しい、関連の企業さんやスタッフさんも儲かる、私も楽しくてお給料もアップする!という、ウィンウィンの循環がつくれるといいな。

第1回のファッションは、1950年代に流行した真知子巻き♪第1回のファッションは、1950年代に流行した真知子巻き♪

藤咲 彩音(ふじさき あやね)

藤咲 彩音(ふじさき あやね)

2011 年にでんぱ組.inc に加入。両親の影響で 1 歳からコスプレイヤーとして活動。
趣味がスポーツでフルマラソンをこれまでに2回完走。ブランド「Pzzz」のプロデュースも手掛けている。2017年には舞台「ギア-GEAR-」East Versionにて舞台初挑戦。2018年4月から新体制初となる全国ツアー「コスモツアー2018」を開催中。

馬渕 治好(まぶち はるよし)

馬渕 治好(まぶち はるよし)

1981年東京大学理学部数学科卒。日興コーディアル証券(現・SMBC日興証券)国際市場分析部長を経て独立、現在ブーケ・ド・フルーレット代表。内外諸国の経済・政治・投資家動向を踏まえ、株式、債券、為替、主要な商品市場の分析を行なう。データや裏付け取材に基づく分析内容を、投資初心者にもわかりやすく解説することで定評がある。