高度経済成長から学ぶ モーレツ経済学高度経済成長から学ぶ
モーレツ経済学

2018.6.13
高度経済成長から学ぶ モーレツ経済学 でんぱ組.inc 藤咲 彩音 証券アナリスト馬渕 治好高度経済成長から学ぶ モーレツ経済学 でんぱ組.inc 藤咲 彩音 証券アナリスト馬渕 治好

1964年に開催された東京1964オリンピックの前後では、景気はどう動いていった? 高度経済成長期まっただ中の日本の動きを読み解きながら、東京2020オリンピックを控えた現在の日本につながるヒントを探ります。コスプレ好きアイドルでんぱ組.incの藤咲彩音さんと、高度経済成長期生まれの証券アナリスト・馬渕治好先生による対談、第3話はオリンピック前後の景気についてクローズアップ!

#3 オリンピックの後は景気が下がった?

日本中がオリンピックに熱狂し、科学技術にワクワクして。

藤咲:馬渕さんは、1回目の東京1964オリンピックのことは覚えていますか?

馬渕:私は当時6歳の少年だったので、さすがにあまりハッキリとした記憶がないんです(笑)。ただ、白黒テレビで観戦して、日本選手がたくさん活躍してすごく盛り上がったという印象は覚えています。

藤咲:どんな競技が特に人気だったんですか?

馬渕:なんと言っても、女子バレーボール! その驚異的な強さから“東洋の魔女”と呼ばれていた彼女たちは、見事に夢の舞台で金メダルをつかみました。その後バレーボールブームが起きて、マンガやアニメが流行ったり、ママさんバレーの人気が出たりしたんですよ。

藤咲:私もバレーボールのアニメは見たことあるかも!

馬渕:実は僕も“東洋の魔女”に魅せられ、中学校ではバレーボール部に入ったんです(笑)。藤咲さんは何部でした?

藤咲:私、中学のときは科学技術部の部長だったんです。水質検査をしたり、べっこう飴を作ったりして楽しかったですね。

馬渕:科学技術部ですか!ダンスや走るのが好きと聞いていたので、運動系かなと思ってました。

藤咲:本当は陸上部やダンス部に入りたかったんですが、私の中学になかったので泣く泣くです(笑)。

馬渕:科学技術と言えば…ちょうど最初の東京1964オリンピックが開催された頃は、みんなが科学技術に興奮していた時代ですね。『鉄腕アトム』(手塚治虫/光文社)などSFもののマンガやアニメも大流行しました。科学技術がどんどん発達していて、とにかく未来は明るくて幸せになるんだと誰もが信じていたんだと思います。

藤咲:オリンピックで日本選手が活躍したり、科学技術がどんどん進化していたり、すごくワクワクする時代だったんですね。

東京1964オリンピック前後の景気はどう動いた?

藤咲:今は東京2020オリンピックに向けて、新しい競技場をつくったり、いろいろ準備が進んでいますが、当時のオリンピックではどうだったんですか?

馬渕:現在の国立代々木競技場は、第1回目の東京1964オリンピックのときにつくられたものです。当時の東京は、道路やスタジアム、ホテルなどがまだまだ整備されていない状態。とにかくいろいろなものをつくったので、経済が回って景気がよくなったんです。1962年から1964年までの好景気は『オリンピック景気』と呼ばれています。東京・新大阪間の東海道新幹線や首都高速道路もできました。

藤咲:新幹線や首都高って、その当時にできたんですね。

馬渕:東京1964オリンピックが終わった1964年の10月まで景気は良かったんですが、そこから1年間は景気が悪くなってしまったんです。

藤咲:えっ! 東京1964オリンピックが終わったとたんに景気が悪くなってしまったんですか!?

馬渕:もちろん東京1964オリンピックの反動もあるのですが、前にもお話ししたように、好景気が続いて日本のお金=ドルが足りなくなったために、政府が景気をコントロールしたわけです。ドルが足りなくなると輸入ができなくなるので、残念ですが景気を抑えてドルが出ていくのを防ごうとしました。

藤咲:景気が良いから、わざとブレーキをかけるというやつですね! でも、オリンピックのワクワクムードに包まれていたなか、急に景気が悪くなるとびっくりしますよね。

馬渕:経営が悪化して倒産する会社が結構ありました。そんな中、山一証券という証券会社も経営が破綻したんです。その時、当時の大蔵大臣である田中角栄さんが行ったのが、特別融資『日銀特融』。日本銀行が特別にお金を貸してあげましょうという措置をしました。

藤咲:でも、一般の会社を政府や日銀が助けるのはおかしいですよね?

馬渕:ええ。ただ、株を多く扱っている会社が倒産すると、経済が大混乱してしまうので、その前に政府が助け舟を出したんですね。
景気が悪くなりすぎたので、政府は対策を急ぎました。通常なら、金利を下げて企業がお金を借りやすくなれば、工場などの設備投資をしやすくなって景気が良くなるはずなんですが、当時はそれまで好景気が続いていたせいで企業が設備投資をすでにやっていて、設備が余っていたんです。だから「金利を下げると景気が良くなる」という教科書通りにはいかなかった。

藤咲:みんな「もう設備はいらない」と。

馬渕:そこで、国の公共事業を増やして、みんなの仕事を増やそうとしました。例えば、道路や橋を作ったり。それにはたくさんの予算が必要になります。
ところが、景気が悪くて企業が儲かっていないから、税収も減って国のお金も足りないわけです。それで国の赤字を補うためにお金を借りる『赤字国債』を戦後はじめて発行しました。国債という券を売ってお金を借りるんです。つまりは、国の借金ですね。

藤咲:例えば、私が国債を買えば、国にお金を貸しているということになるんですね。

馬渕:その通り。今でこそ当たり前のように発行されている赤字国債ですが、戦後はじめて発行が閣議決定されたのがこの1965年。そういった政策の効果もあり、翌年には景気が回復していきました。これが、1965年の10月から1970年の7月までの『いざなぎ景気』につながっていくわけです。高度経済成長期最長の好景気です!

藤咲:景気が悪くなったといっても、期間限定だったんですね!

東京2020オリンピック後に景気は悪くならない?

藤咲:東京1964オリンピック前後は、景気のアップダウンが激しかったんですね。2020年の前後がどうなるのかも気になります。

馬渕:東京2020オリンピックでも「オリンピック前は景気が良くなるけど、その後に景気が悪くなる」という説をよく耳にしますよね。

藤咲:聞いたことあります!

馬渕:でも、私はそうではないと思っていて。過去の夏のオリンピックの経済成長を調べると、確かに1年前に景気が盛り上がるケースは多いんです。例えば、ソウル、バルセロナ、シドニー、北京、アテネなどは、オリンピック開催の1年前は景気が良かった。スタジアムやホテルは事前につくるので、開催前年の景気が良くなるわけです。一方で、ロンドン、アトランタ、モスクワでは、オリンピック開催1年前も景気は盛り上がりませんでした。

藤咲:必ずしも、オリンピック開催前だから景気が良くなるわけじゃないんですね。

馬渕:はい、特に成熟した都市では、スタジアムやホテルなどすでにあるので、それほど大きな建設ラッシュは発生しません。1964年の東京は、一からたくさん作ったので『オリンピック景気』がありましたが、2020年に向けては、むしろ「ムダはやめましょう」という動きになっていますよね。

藤咲:確かに!ニュースでも見ました。

馬渕:オリンピックで景気がものすごく良くなることがない分、終わった後も景気がガックリ下がるということもないだろうというのが私の見解です。

藤咲:ちょっと安心しました!

馬渕:一方で、景気があまり良くならないなら、オリンピックは意味がないのかと言うとそうではなくて。日本にたくさんの人が来てくれて、知ってもらえれば、日本のファンが増える可能性がありますよね。「日本のコンビニは便利だよね」「日本の人は親切で治安もいいよね」「日本は空気がいいし渋滞が少ないよ」と。これは日本にとって大きなチャンスなんです。

藤咲:私も東京2020オリンピックが盛り上って、海外のたくさんの人に日本のいいところを見てもらえるといいなと思っています! 以前ヨーロッパに2週間近く滞在したとき、日本食がめちゃくちゃ食べたくなってチェーンの定食屋さんに行ったんです。そうすると水の置き方が丁寧だったり、おしぼりを広げて「あついですよ」と声をかけてくれたり。日本らしくてすごく安心しましたね。

馬渕:「おもてなし」という言葉も話題になりましたね(笑)。日本に来て良いところをたくさん見てもらえると、オリンピック後に「日本みたいな街になったらいいな」と思う人が増えるはず。そうすると「あなたの街を日本みたいにしませんか?」「日本の鉄道を買いませんか?」「街づくりを学んでみませんか?」と日本の企業や組織も提案しやすくなります。オリンピックの日本をショーケースにして都市インフラの輸出を促進しようとする国土交通省のプロジェクトもあるんです。

藤咲:新国立競技場や山手線の新駅をつくっていたり、東京駅がキレイになったり、今の東京にはあちこちにオリンピックへのワクワク感がありますよね。自分がそこに立ち会えるのはすごく嬉しいし、楽しみです。

馬渕:オリンピックの経済効果は一時的な盛り上がりだけでなく、未来につながる広がりがあると思います。東京1964オリンピック後に景気が悪くなったのもオリンピックの反動だけではなかったですし、長期的に見るとまた景気は良くなりました。東京2020オリンピック前後も、あまり一喜一憂しない方がいいと私は思いますよ。
(第4回へ続く)

藤咲彩香のモーレツ!アイドル論 藤咲さんが当時流行したファッションに身を包み、学んだ内容からアイドル活動につながるヒントを見つけていきます。 藤咲彩香のモーレツ!アイドル論 藤咲さんが当時流行したファッションに身を包み、学んだ内容からアイドル活動につながるヒントを見つけていきます。

〈 オリンピックは、アイドルにとっても大チャンス! 〉

東京2020オリンピックで、海外からたくさんの人が来てくれるのは日本にとってチャンスであるのと同じように、私たちアイドルにとっても大チャンス! オリンピックの盛り上がりに乗って、私もいろんな人に見てもらえるようにアピールしたいですね。たくさんの人に見てもらうとネガティブな意見も出てくるけど、悪いところを指摘してくれる声は自分を向上させるチャンスにもなるから!
平昌2018冬季オリンピックの時の開会式で選手が輪になって踊りながら入場してくるシーンに感動したので、私も東京2020オリンピックで踊れたらすごく幸せ。あわよくば聖火ランナーもやりたいですね(笑)。

第3回のファッションは、1960年代に流行したミニスカート。第3回のファッションは、1960年代に流行したミニスカート。

藤咲 彩音(ふじさき あやね)

藤咲 彩音(ふじさき あやね)

2011 年にでんぱ組.inc に加入。両親の影響で 1 歳からコスプレイヤーとして活動。
趣味がスポーツでフルマラソンをこれまでに2回完走。ブランド「Pzzz」のプロデュースも手掛けている。2017年には舞台「ギア-GEAR-」East Versionにて舞台初挑戦。2018年4月から新体制初となる全国ツアー「コスモツアー2018」を開催中。

馬渕 治好(まぶち はるよし)

馬渕 治好(まぶち はるよし)

1981年東京大学理学部数学科卒。日興コーディアル証券(現・SMBC日興証券)国際市場分析部長を経て独立、現在ブーケ・ド・フルーレット代表。内外諸国の経済・政治・投資家動向を踏まえ、株式、債券、為替、主要な商品市場の分析を行なう。データや裏付け取材に基づく分析内容を、投資初心者にもわかりやすく解説することで定評がある。