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2021.4.14

#11 収入減も覚悟の情熱につき動かされて。水谷伸吉さんがソーシャルビジネスで成功するまで

収入減も覚悟の情熱につき動かされて。水谷伸吉さんがソーシャルビジネスで成功するまで

働き方が変わりつつある昨今、自分らしい働き方を既に実践している人に、仕事、生活、お金についてリアルな話を聞く連載企画「#理想のワークスタイルの見つけ方」。第10回は、森林保全活動に取り組む一般社団法人more treesの水谷伸吉さんの登場です。水谷さんが環境に興味を抱くようになったのはなんと小学生のとき。大学で環境経済学を専攻し、卒業後は民間企業やNPOで経験を積んできました。待遇面から仕事を続けることの難しさを感じた時期もありましたが、現在は「仕事もプライベートも充実」と心から満足しているそうです。そんな水谷さんのキャリアを紐解きながら、森林保全のプロとして歩んできた道のりをご紹介します。

<プロフィール>
水谷伸吉さん

1978年、東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。大学卒業後、株式会社クボタに就職し、環境プラントの営業職として活躍。2003年、NPO団体に転職し、インドネシアでの植林プロジェクトに携わる。2007年、立ち上げと同時に、音楽家の坂本龍一氏が代表を務める一般社団法人more treesの事務局長に就任。北海道美幌町やインドネシア・東カリマンタン州での植林活動を中心に、セミナーやシンポジウムを開催するなど、広く森林保全の活動に取り組む。現在は、株式会社more trees designの代表取締役を兼任。
□待遇が手厚いクボタを周囲の反対を押し切り退職 □NPOに転職して念願の森林保全に携わるが、待遇面がネックに □more trees事務局長就任後、協賛企業を集めてから、坂本氏に待遇交渉 □資産運用はもっと早くからやっておけばよかったと後悔 □ソーシャルビジネスをやるなら、一時の収入の落ち込みを覚悟できるかどうか

環境問題に興味を抱き、民間企業で環境プラントの営業職に就く

クボタ退職時は「もったいない!」と上司をはじめ周囲から猛反対されたそう
クボタ退職時は「もったいない!」と上司をはじめ周囲から猛反対されたそう
水谷さんが初めて「環境」を意識するようになったのは小学校6年生、学習塾で環境問題が取り上げられたときでした。

「化石燃料の使用によって地球温暖化が進み、みんなが大人になるころには海面上昇で日本は水没するかもしれない」――水谷さんは塾講師の言葉に大きな衝撃を受けました。
その言葉はその後の進路にも影響。大学進学の際、環境経済学を専攻します。
「当時は部活動中心の学生生活を送っていたので、決してまじめな学生ではなかったのですが、環境経済学のゼミだけは必ず出席していました」

就職活動でもまた、「環境」を軸に検討し、環境プラント事業も手掛ける株式会社クボタから内定を獲得しました。そして、大学4年生の1カ月間、日本のNGOが企画したスタディツアーに参加しました。

「行き先はマレーシアのボルネオで、現地に植林をすることが目的でした。現地に行く前は『熱帯雨林を伐採してはいけない』という正義感で凝り固まっていたように思います。現地の製材所を見学して、その考えが覆されました」

丸太をトレーラーで運ぶドライバーや、敷地内に建てられた社宅で暮らす家族の様子を見て、「木材で雇用が支えられていること」を知ったのです。

伐採を否定したら、この人たちは路頭に迷ってしまうかもしれない――。
自分の信念に一石を投じられ、けれども環境と経済を両立させるための最善策が浮かばず、もやもやした思いを抱えたまま帰国。クボタで社会人としての第一歩を踏み出しました。

「札幌の支社に配属になり、道内の自治体に向けてごみ処理や水処理プラントの提案をする営業の仕事に就きました。しかし経験を積むうちに、『もっと広い視野で環境について考えたい』と思うようになりました」

環境分野のエキスパートを目指すのなら、外の世界も経験したほうがいい。さまざまな道を検討した水谷さんは、大学院進学を試みたものの、不合格。その後NPOに転職し、熱帯雨林の再生に取り組むようになります。

第三のキャリアを模索していたころ、坂本龍一氏と運命的な出会いを果たす

転職先のNPOは、インドネシアで植林活動を行い、現地の人々を自立支援していくことを目的としており、水谷さんは渉外担当になりました。

「渉外担当の主な仕事は、企業に交渉して協賛金を得ること。一般企業でいう営業職に近いです。一定の資金が集まったらインドネシアに行き、植林を進めていきました。インドネシア語がわからなかったので、辞書を片手に、現地の人となんとかコミュニケーションを取っていました。そのうち現地のNGO職員や木を植える現場スタッフとも仲良くなり、植林やインドネシアへの興味・関心がどんどん高まっていって。出張から帰国後、語学スクールに通ったり、森林生態学の学会やシンポジウムに参加したりして、関連知識を深めていきました」
2年前、現地NGOスタッフと植林地に関する現場調査中の1枚
2年前、現地NGOスタッフと植林地に関する現場調査中の1枚
「森林を保全する活動にのめり込んでいって、いっそのこと、インドネシアに移住しようかと思ったくらいです。でも、一歩踏み出せない理由がありました。日本のNPOは給与水準が決して高い方ではありません。今後のライフプランを考えると、思い切れませんでしたね」

引き続き、森林保全の仕事に携わりたい。第三のキャリアを模索するようになった水谷さんは、ある日、思いもかけない誘いを受けます。

「仕事で知り合った広告代理店の方に『坂本龍一さんが森林保全に興味を持っている』と言われ、資料をまとめてお渡ししました。坂本さんのような著名の方が森林保全に興味を持ってくれたら、よりたくさんの人にこの問題を発信できる、そういうポテンシャルを感じました」

その後、坂本さんと実際にお会いして話す機会を持ち、「団体の事務局長に」とのオファーを受けた水谷さんは、二つ返事で了承。NPOを退職し、新たに「一般社団法人 more trees」でのキャリアをスタートさせることになります。

企業や自治体をつなぎ、支援を必要としている人々のために活動する

企業や大学などさまざまな場所で講演し、認知を拡げる活動を行っている
企業や大学などさまざまな場所で講演し、認知を拡げる活動を行っている
2007年、一般社団法人more treesの事務局長に就任。以来、14年にわたって、森林保全活動に携わってきました。

more treesでの活動を振り返って、水谷さんはこう言います。
「坂本さんが代表の団体に所属することで、地方自治体や民間の企業はもちろん、クリエイターやアーティストとの出会いが広がり、これまで以上にダイナミックなコラボレーションができるようになりました」

2015年9月、国連のサミットで持続可能な開発目標「SDGs」が掲げられました。森林を持続的に保全していくためにも、more treesがハブとなり、現地の自治体やコミュニティ、企業など、さまざまな組織をつなげ協働していきたいと水谷さんは言います。

「複数の組織が協働することで、一つの組織では達成できないような大きな成果を挙げることができます。more treesでは、地域と協働で日本の森林を守る活動を行っていますが、企業の協賛により新たな交流も生まれました。たとえば、森林保全に興味を持った協賛企業の社員がその地域を訪れ、水や食べ物が美味しいと、地域そのものを好きになる。地元の人たちも、外部の評価を受けて地域の価値を改めて知り、自己肯定するようになる。人と人、森と人とをつなぐことが、私たちの役割。これは、前職でも感じていたことでもあります。森林保全を超えた効果があらわれることを、心からうれしく思いました」

more treesでは、北海道美幌町やインドネシアの東カリマンタン州で継続的に森林保全活動を行っています。企業から協賛を募り、その資金で植林を行っているほか、実際に現地で植林をするツアーを開催。

さらに、イベントやワークショップを開催したり、株式会社more trees designを立ち上げて日本の木材を使ったオリジナルプロダクトを販売したりと、森林を身近に感じてもらえるような活動も多数展開しているそうです。


<水谷伸吉さん 収入の割合>
水谷伸吉さんの収入の割合のグラフ
more trees designのオリジナルプロダクトたち
more trees designのオリジナルプロダクトたち
事務局長の水谷さんは、これらmore treesのすべての活動を取り仕切り、売上管理や5人のスタッフのマネジメントなども担っています。

「ありがたいことに、坂本さんはmore treesの活動を常にあたたかく見守ってくれます。2015年にインドネシアで大森林火災が発生し、『焼失した森林再生のために動きたい』 と訴えたときも、『いいね、ぜひやりましょう』と即答してくれました」

支援を必要としている地域に寄り添い、そのために必要な活動を考え、行動に移していく――世に誇れる仕事をしているんだという自負が、水谷さんのやりがいになっています。

優秀な人材を流出させないためにも、一般企業と同等の待遇を維持したい

NPOに在籍していたころ、待遇面から「長く続けるのは難しい」と悩んでいた水谷さん。more treesの事務局長に就任して14年が経った今は、どのように感じているのでしょうか。

「クボタは、給与面はもちろん福利厚生も充実しているので、働きやすい会社だったと思います。クボタを退職してNPOに転職すると知った上司や先輩はみんな反対しましたが、僕はそんな局面を楽しんでいましたね」

水谷さんは、『たとえ年収が下がっても、自分の信念をまっとうし、インドネシアに植林を進めていくことができる』ということに大きな価値を感じていたといいます。

「一般社団法人more treesの運営は、主に企業の協賛金によって成り立っています。立ち上げた当初は当面の運転資金こそあったものの、売上はゼロからのスタートです。僕も最初の半年間は給料なしで活動していました。とはいえ、NPO時代のノウハウや坂本さんのつながりを発揮すれば協賛金は集まると確信していたので、地道に企業と交渉し、ある程度売上ができてから、待遇面の交渉をしました」

「一方で、日本のNPO業界には30歳限界説があって、給与のベースアップがほとんどない組織も少なくありません。つまり、経験を積めば積むほど、他業界の待遇との開きが出てきます。森林を守りたいという心意気だけで続けるのは難しいことを痛感し、待遇面を理由に優秀な人材がNPOから他業界に流出することに危機感を覚えていました」

more treesの事務局長として部下を持ち、売上管理を担う立場になった今は、森林保全のプロが活動を継続的に行えるようにするためにも、キャッシュフローも一般企業と同じように意識していかなければならないと考えているそうです。

坂本さんとの交渉により、望む待遇を得るようになった水谷さん。3年前から、資産運用も始めているといいます。

「more treesの活動を通して、社会起業家を支援する取り組みを行っているファンド会社の会長と知り合い、長期運用の効果や重要性を教えていただきました。現在はiDeCoとつみたてNISAで資産運用していますが、長期運用のメリットを痛感するにつれ、もっと若いうちからやっておけばよかったと後悔しています(笑)」

この出会いを機に、水谷さんは5年後、10年後のライフステージを見据えて資産運用を行うようになったそうです。

「私には子どもが3人います。子どもの教育や私自身の老後のことも考えて、計画的に資産運用を進めていくつもりです」


■収入の比較
水谷さんの、各時期の収入比較の図
※それぞれ、クボタの同年代の給与水準100%として

やりたいことがあるのなら、覚悟を持って取り組んでほしい

登壇したトークイベントでの一枚。収入減も覚悟できる情熱があったからこそ今があると語ってくれた
登壇したトークイベントでの一枚。収入減も覚悟できる情熱があったからこそ今があると語ってくれた
今後のmore treesについて聞いたところ、「将来的にはグローバルな領域に目を向けていきたい」という答えが返ってきました。

「世界に目を向けると、南米のアマゾンやオーストラリアなど、大規模火災により大きな被害を受けた地域がたくさんあります。僕たちが役に立てる地域が、国内やアジアに限らず、より広い地域へと及んでいけたらと願っています」

木々が失われた土地に植林をすると、大木に育つまで何十年とかかるそうです。水谷さんは次の世代へとつなぐべく、人材育成にも力を入れていきたいと考えています。

「待遇面もそこそこ恵まれ、プライベートでも離婚経験を経て、現在は妻と3人の子との生活を心から楽しむことができています。今の私に点数をつけるとしたら90点。本当は100点をつけたいのですが、さらに上昇する余地を残すため、敢えて90点にしました」

かつての水谷さんと同じように新たなキャリアを模索している方々に向けて、メッセージをいただきました。

「自分のやりたい領域だから、情熱を持てるのだから、たとえ待遇面が落ち込んだとしても後悔はない。そこまで言えるくらいの覚悟を持ってほしい。この領域でプロフェッショナルを目指すんだと決意できるのなら、挑戦する価値があるはずです」

クボタを退職し、30歳限界説のあるNPO業界に飛び込んだ水谷さんにとって、「森林保全のプロになる」という覚悟が、前に進んでいく大きな原動力になり、待遇面で悩んだ時期もありましたが、more treesに転職後、その悩みは解消されたといいます。

自ら協賛企業を獲得し、代表を務める坂本龍一氏と待遇の交渉をするあたりは、クボタの営業職やNPOの渉外担当として活躍してきた水谷さんらしいエピソード。信念を持ってやりたいことを実現するために、常に学び知識を吸収し、逆境を恐れず新しい環境に飛び込んでいく。その姿勢に、水谷さんが理想の働き方を実現させた「勝因」があるのかもしれません。


<水谷さんのモチベーショングラフ>
水谷さんのモチベーショングラフ

※2021年4月現在の情報です。今後、変更されることもあるのでご留意ください。

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